「その旅の旅の旅」レポート#1:まちの「カーブ」から立ち上がる景を探して

日時:2020.11.05


 

杉山至チームによる「その旅の旅の旅」のページでは、順次ゲストアーティストたちの“旅”の痕跡が公開されています。この企画はアーティストらが豊島区内をめぐる旅のなかで見つけた〈景〉の痕跡をたどりながら、参加者自身が新たな旅を紡いでいくもの。しかしひとくちに「〈景〉の痕跡をたどる」といってもなかなか想像しづらいかもしれません。そこで試しに、現在公開されている40の〈景〉からいくつかをピックアップし、5つのステップで痕跡をたどりながら新たな旅を紡いでみましょう。

新たな旅につながる5つのステップ

1. 景シートを入手する

すでにゲストアーティストらの〈景〉は「旅人48景」として特設ウェブサイト上で公開されていますが、その情報がまとめられたシートセットが豊島区内7カ所(11月1日時点)で配布されています。劇場から町会施設、商店街まで配布場所はさまざまですが、今回は池袋駅西口に位置する東京芸術劇場の1Fロビーにてシート一式を入手しました。南長崎や池袋本町などいくつかのエリアのうち、今回は大塚エリアの〈景〉をピックアップしてみることに。

  • 東京芸術劇場ロビーに置かれたシートのラック

2.「音」で〈景〉を重ね合わせる

まずは大塚駅前の広場「トランパル大塚」で、作曲家・とくさしけんごさんの「 街の調性1 トランパル大塚」を体験することから旅を始めてみます。とくさしさんの〈景〉はすべて音として公開されており、カードに印刷されたQRコードをスキャンすることで視聴できるもの。イヤフォンをつけて耳を澄ませると、バイノーラル録音で記録された街の音が流れてきます。

高架を走る電車の音、人の話し声、路面電車の接近を知らせるアラート……いま自分が立っている場所でかつてとくさしさんが録音した音は、当たり前ですが自分がいま見ている景色とも馴染んでいます。しかし、聞いているうちにその音がいまの自分とは異なる時間を流れていることに気づくはず。高架を見ても電車は走っていないのに耳では走行音が流れ、まだ路面電車は遠く離れているのにアラートがこだまする。まさにとくさしさんと自分の「旅」が重なるようにして、複数の時間や景色が脳内で交差していきます。続けて、同じ音にとくさしさんが“彩色”を施した音源が流れると、自分がいま見ている景色はさらに複層的なものになっていくでしょう。

3.旅人とともに「俳句」を詠む

次はトランパル大塚を抜けて、サンモール大塚商店街の中へ。アーチをくぐって少し歩いた先には、俳句作家・佐藤文香さんの「逢瀬逢引 八 うたふなり」なる〈景〉のポイントがあります。ここは商店街を走る複数本の道が交差しており、商店街のあちこちを見渡せる場所。佐藤さんはこのあたりの風景を見ながら、「灯心よ 何処へ出でても 夜の寒さ □□□□の□□を□□□とうたふなり」という句を詠んだようです。

句の一部が“□”となっているのは、文字化けではありません。佐藤さんがつくったシリーズ「逢瀬逢引」は吟行(俳句をつくりながら旅や散歩をすること)を体験できるもので、この“□”に当てはまる言葉を参加者自身で考えることで、あたかも佐藤さんとともに吟行するようにまちのなかを歩けるようになっています。

いま自分が立っているのは昼のサンモール大塚商店街ですが、佐藤さんの句を読むとどうやら彼女は夜の商店街を訪れていたことがわかります。昼の大塚と夜の大塚、同じ場所と異なる時間。いま自分が見ている昼の景色に、佐藤さんが見ている夜の景色がゆっくりと溶け出してくるようです。

4.「スケッチ」からべつの世界を夢想する

今度はサンモール大塚商店街を抜けて、駅前の大通りを越えてさらに高架脇へ。この通りは「大塚三業通り」と名付けられています。「三業」とは「料亭」「待合い」「芸妓置屋」の3つを指し、かつて大塚は三業の営業が許されたエリアだったことからいまも通りにその名が残っているのだそうです。

この三業通りを東に向かって5分ほど歩いた先に「カーブのその先は。 3 大塚三業地」なる〈景〉が立ち表れます。杉山さんによるスケッチのシリーズ「カーブのその先は。」は、谷端川という現在は暗渠になっている川の跡を巡っていくもの。豊島区は谷端川を沿うように発展しており、暗渠となったいまは“カーブ”として街のあちこちにその痕跡が見られます。杉山さんが見つけたさまざまなカーブをたどることは、谷端川の“まぼろし”をたどることでもあるのです。

眼前の景色とカードに印刷されたスケッチを見比べ、杉山さんの視点と自分の視点を重ね合わせるうちに、杉山さんと旅と自分の旅も重なっていく。くわえて、カードに印刷されたQRコードをスキャンすると、杉山さんが描いた「妄想スケッチ」へとアクセス可能。現在の景色から杉山さんが過去や未来の姿を妄想して描いたスケッチは、いま自分が見ている〈景〉のその先にさまざまな世界の可能性が広がっていることを教えてくれます。

5.自分の〈景〉を発見する

小一時間ほどで回れる3つの〈景〉を観ていくだけでも、異なるアプローチによって異なる体験が生まれていくことがわかるでしょう。「旅人48景」のページで各アーティストが公開しているモデルルートに沿ってまちを歩いてみるもよし、興味があるエリアに配された〈景〉を巡るもよし。あなたの旅は無限の可能性に開かれています。でも、せっかくならただ巡るだけでなく自分自身で新たな〈景〉を発見してみるのもよさそうです。

「その旅の旅の旅」では、特設ウェブサイト上の投稿フォームやカード配布場所に設けられた投稿ボックスを使えば、自分でテキストや写真、音声が投稿できるようになっています。まちをめぐるなかで鑑賞者が気づいた/見つけた〈景〉は、「旅人48景」と同じように「投稿の景一覧」として特設ウェブサイトへと掲載されてゆくそう。

「その旅の旅の旅」という企画名に表れているとおり、アーティストたちの旅をたどることで、(たとえ同じ場所を巡っていても)一人ひとり異なる旅が生まれます。さらにその場で生まれた新たな〈景〉が特設ウェブサイト上に掲載されることで、また新たな旅の可能性が広がっていく。あなたの旅は、またべつのだれかの旅へとつながっていくのです。

テキスト・写真:もてスリム