寺社(点)と谷端川(線)を巡った

牛川紀政のおすすめルート

このルートについて

  • ●順番

    南長崎のUFO〜谷端川の行き止まり〜北池袋出世柱〜池袋本町サイレンスポイント〜鳥越せんべい〜池袋本町中央通りの街明かり〜庚申塚おはぎ〜大塚つづみ

    ●ルート(寄り道)コメント

    トキワ荘マンガミュージアム
    南長崎通り、南長崎ニコニコ商店街、目白通り二又商店会、等々通りの呼び名が幾つかある。この通り沿いを東長崎駅から椎名町方面に歩くと、今年(2020年3月)、公園にトキワ荘マンガミュージアムが出来たのが見える。新たにトキワ荘通りとも呼ばれるようになった。旧岩崎邸も残っており、新たな観光地の通りとして期待。他、通りにあるお豆腐屋さんが気になって仕方がない。

    ↓徒歩約3分

    1 南長崎のUFO」(トキワ荘跡地)

    ↓徒歩約12分

    長崎神社
    大塚の天祖神社と同じように十羅刹女をご祭神にし、十羅刹女社と呼ばれていた。明治の神仏分離により十羅刹女はお隣の金剛院に。大宮の氷川神社からスサノオを分霊して氷川神社と呼んだか、明治7年に長崎神社となった。今回回った大塚、池袋本町、南長崎には、スサノオや十羅刹女で、それぞれの神社と繋がっている。その起点。やはり谷端川のカーブの突端にある。

    ↓徒歩約7分(谷端川暗渠沿い)

    2 谷端川の行き止まり

    ↓徒歩約40分(谷端川暗渠沿い)/電車約25分

    3 北池袋出世柱

    ↓徒歩約10分

    池袋氷川神社
    氷川神社と言えばスサノオ。関東では氷川神社は多いし、氷川と称していなくてもスサノオを祀っている神社も多い。創建は古文書などが残っていなく定かではないそう。武蔵国一ノ宮である大宮の氷川神社から分かれた神社とも言われる。境内からは縄文後期の土器が発掘された。谷端川のカーブの突端、縄文海進時ではサキ(岬、崎)っぽいところにあたる。辺りは貝塚が発見された。

    ↓徒歩約4分

    4 池袋本町サイレンスポイント

    ↓徒歩約2分

    5 鳥越せんべい

    ↓徒歩約2分

    小石川道と雑司ヶ谷道の追分
    池袋本町中央通り商店会を北側の谷端川から南側に歩き、池袋氷川神社を過ぎるとやがて追分に到達する。通ってきた道が小石川道でこの追分を右に折れれば雑司ヶ谷道。小石川道は、現在は池袋本町中央通り商店会から川越街道になり、池袋の五差路から春日通りになる道筋。一方、追分を雑司ヶ谷道へ進むと、 川越街道を過ぎた所から平和通り商店街になって池袋駅西側の北口にぶつかる。線路のない時代は雑司ヶ谷まで繋がっていた。

    ↓徒歩0分(池袋本町中央通り)

    6 池袋本町中央通りの街明かり

    ↓徒歩約35分(谷端川暗渠沿い〜板橋駅〜旧中山道より一本谷端川寄りのクネクネ道〜千川上水分配堰碑〜旧中山道〜庚申塚駅)

    7 庚申塚おはぎ

    ↓徒歩約1分

    猿田彦大神庚申堂
    埼京線に乗って池袋で降りるつもりでいたか、もう一駅乗って板橋駅からぶらつこうと閃いた。そうしたら当然近藤勇の墓をお参りしようと。その後も何も考えずちょっとした坂を登ったらいきなりクネる道を発見。旧中山道の手前の道筋だ。スマホで調べればそれは巣鴨方面に向かう道。決めた、ここを進んで途中で大塚に向かおう。そうして猿田彦に出会ったのだった。呼ばれたのかもしれない。

    ↓徒歩約15分

    天祖神社
    沖積層と洪積層の間にできた細い台地の「サキ」に、縄文時代の遺跡が形成されて、古墳や寺社がその上に建てられることが多い。しかし天祖神社は細い台地の「サキ」ではないようだ。 江戸時代までは十羅刹女が祀られていて十羅刹女堂とも言われた、江戸名所図 会によると、鬼子母神もここにいたようだとある。雑司ヶ谷の前に? 現在、十羅刹女は三業通りそばの東福寺にいる。

    ↓徒歩約1分

    8 大塚つづみ

    牛川ルート_1
    牛川ルート_2
    牛川ルート_3
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旅人プロフィール

Photo:GO photograph

牛川 紀政(音響・DJ)

1966 年品川区生まれ。劇団兼イベント企画会社で演劇・イベントの音響を始める。途中、クラブDJをしながら楽器店4年間勤務を挟み、再びフリーで舞台音響に。以降、数々のコンテンポラリーダンスや現代演劇の音響を担当。 また、ラボ20、トヨタコレオグラフィーアワード、吾妻橋ダンスクロッシング、横浜ダンスコレクション、吉祥寺ダンスLAB...etc の、コンペやショーケースの音響も担当。2017年~、立教大学現代心理学部映像身体学科兼任講師。